リリー インスリン50年賞

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リリー インスリン50年賞

日本イーライリリーは、インスリン治療を50年以上継続されている糖尿病とともに歩む人の長年の努力を称えるとともに、ほかの糖尿病とともに歩む人にとって前向きに取り組む目標となることを願い、「リリー インスリン50年賞」の表彰を2003年に始めました。これまでに280名が受賞されています。受賞者の皆さんにはご本人のお名前を刻印したトロフィーをお贈りしています。

23回(2025年)受賞者のご紹介

本年は15名の方が受賞されました。
そのうち、情報公開のご了承をいただいた受賞者13名を、ご応募いただいた順にご紹介します。
※内容は個人としての見解です

◆京都ねえさん 様

インスリン治療歴50年/発症時7歳/1型糖尿病/京都府在住

私が1型糖尿病を7歳で発症した当時、すでに意識がなくなりかけで、後1日遅れていたら亡くなっていたと主治医から言われました。
入院中に母親から、ガラス管の注射器を使用するのが大変だと言っていましたが、退院する時には、使い捨てタイプの注射器が発売され処方が変更になりました。
当時は血糖測定器もなく、尿糖を測るテステープがあっただけです。
糖尿病と共に生きるのが困難な時代でした。
今は医療が進歩したおかげで、未来には糖尿病が治る期待が持てる時代に。
皆様に感謝しております。

2019年12月コロナの時代にツイッター(現X)を開始しました。その時印象的に思った事は、こんなにも1型糖尿病の方がたくさんおられたことへの驚きでした。
同じ病気を持つ皆様と出会えた事がなによりの宝になりました。

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京都ねえさん様

◆濱田 久美子 様

インスリン治療歴50年/発症時30歳/1型糖尿病/三重県在住

発症当初は糖尿病の知識が何もなく、インスリンが何かも分からなかった。家で注射をするということが怖くてたまらなかった。糖尿病の怖さより注射の怖さの方があった。「なぜこんなことをしないといけないのだ」とだけ思ったのを覚えている。糖尿病自体の怖さを知ったのは糖尿病教室(院内)で学んでからだった。

血糖値のコントロールのためウォーキングを始めた。一緒に歩いてくれる友人が沢山でき、毎日ワイワイと笑いながら歩くことが10年以上続いた。今はスイミングに移行したが、そこでもスイミングのコーチに低血糖にならないよう必ず血糖値の報告を確認してもらってからプールに入ったり、周りの方の協力のおかげで運動も続けることができ、感謝している。今日80才になりました。

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濱田久美子様

◆鈴木 𣳾文 様

インスリン治療歴70年/発症時20歳/1型糖尿病/東京都在住

20才のとき糖尿病と診断されるまで病気らしい病気をしたことはなく、家族も皆健康だったので、なんで自分だけ…と大きなショックを受けました。糖尿病は、ぜいたく病と言われており、誰も好き好んで病気になったわけでも、ぜいたくをしたわけでもないのに、発病したことでなにか後ろめたい気持ちになったことと、これからどんな生活を送ることになるのか大変不安になったことを覚えています。

インスリンが発見されていなかったらどうなっていたかということを考えると、インスリン治療によって、食事制限はあるにしても、50年以上普通に生活を送ることができたこと自体、奇跡のようなことだと思います。会社を辞めて資格試験を目指し合格できたことや、妻、子供らに恵まれたことは、生活をする上で大きな励みになりましたし、インスリン治療を継続してきたことのおかげだと言っても過言ではないと思います。

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鈴木 𣳾文 様

◆今西 佳子 様

インスリン治療歴50年/発症時16歳/1型糖尿病/埼玉県在住

私は高校2年の時に尿検査に引っかかり、病院での再検査で「若年性糖尿病」の診断を受けました。先生のお優しいお気持ちで外来のインスリン注射指導と栄養指導を受けて入院せずにインスリン治療開始になりました。でもすぐにはインスリン注射を受け入れる事が出来ず、打ったり打たなかったりの私を心配した父が、夜中にシリンジでお水を吸って、しなびた人参に注射練習をしている背中を見て、「自分でやらなければいけないんだ!」と覚悟を決めました。

病気を抱えながらも就職し結婚も出来ました。禁止されていた妊娠は入院管理をしっかり行い、帝王切開で無事に2児を授かる事が出来ました。

その後は子育てに日々バタバタで、血糖コントロールが1番疎かな時期でしたが、低血糖時には主人と子供が助けてくれて生き長らえました。子育てが落ち着いて1型糖尿病患者会に入ってからは悩みを語り合える友達ができ、1型糖尿病患者の気持ちに寄りそってくれる先生方にも出会えて、とても楽しく過ごせています。これまで私を支えてくれた全ての方へ感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。

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今西 佳子 様

◆有馬 立子 様

インスリン治療歴50年/発症時26歳/2型糖尿病/鹿児島県在住

糖尿病を発症した時、父親が40才の頃糖尿病と診断されていたので私もやっぱり血をひいたのだと思った。インスリン治療をすると2人目の子どもを生めますよと言われ、すぐに入院しインスリン治療をはじめた。

教育入院の時、「(この疾患は)貴方が主治医ですよ」と言われた。頭の片すみに、いつもこの言葉があった。

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有馬 立子 様

◆M.H 様

インスリン治療歴51年/発症時2歳9ヶ月/1型糖尿病/東京都在住

発症は2歳9ケ月だったので何も覚えていません。両親が大変だったのではないかと思います。入院してすぐインスリン注射が始まりました。50年前はガラスの注射器だったので、煮沸消毒をせねばならず大変だったと思います。

2024年5月に日本糖尿病学会の学術集会へ行きました。罹病歴はだいたい20年位の方が多かったような感じで、若い人は仕事に就けなかったり、就けても安定収入が無く、治療代、薬代が出せない方がいるとのこと…涙が出てしまいました。私は結婚して夫がいるので、治療代、薬代だけ稼げば生活出来ているので、恵まれているなと思っています。血糖測定器など便利になっていますが、その分高くなっているので、医療費の補助や免除があったらいいなと思っています。

◆田中 憲子 様

インスリン治療歴51年/発症時26歳/1型糖尿病/富山県在住

発症は20代でした。病気の知識はなく、治らない病気と、初めて知り不安でした。
0才と、1才の2児を育児中で、自分は何才まで生きられるのかと思いました。父母は遠く、朝になると、まだ目は見えていると安心しました。退院して3ケ月で2児を引き取り、病気のことばかり頭に有りました。食事毎のカロリー制限、まれに低血糖で、したい事もあきらめて暮らしましたが、幸運にもインスリンは発見され、作られていました。

最初の主治医から「この病気は治らない。が医学の進歩で暮らしやすくなる。頑張ろう」と励まされました。
動物から抽出されていたインスリンが、現在は超速効型の遺伝子組み換えインスリンへ。持続型も1週間に1回投与のタイプへと改良されつつあります。器具も毎回消毒のガラス器から、ペン型インスリンへ変わりました。リブレという測定器が作られ低血糖と高血糖がブザーで知らされます。iPS細胞により治る可能性も見えました。発病当時インスリンが発見されていて、50年間、健康でいられた事に感謝したいと思います。

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田中 憲子 様

◆山本 広江(旧姓 友永)様

インスリン治療歴50年/発症時8歳/1型糖尿病/香川県在住

初めての入院時は昏睡状態でした。意識が戻るまで一週間程かかり、毎日のインスリン注射に食事療法、運動療法。「どうして私なの?」一生続く治療。治ることがないのに「治療」を続けることへの疑問。合併症への不安。インスリンを打っていれば、友だちと同じように、何でもできるようになる。でも当時の医療ではとてもコントロールは難しく低血糖、高血糖で不安と恐怖の毎日でした。

小学生の時には、補食を持っていることや入院の為に登校できない。通院のために遅刻、早退することも多く、いじめだけではなく学校の理解を得ることも難しい時代でした。又、進学、就職時にはインスリンを打っているという理由で夢をあきらめなければならないという理不尽な想いをすることが、何度もありました。そんな闘病生活の中で一番うれしかったこと。それは二人の子どもに恵まれたことです。それが私にとって一番の励みであり、幸せでした。初めての出産では、健康な皆さんの何倍、何十倍、何百倍の大きさで、命の重さ、大切さを感じることができたと思います。又、出産だけでなく、子どもたちの成長とともに、両親への感謝の想いも大きくなりました。と同時に支えつづけてくださる医療従事者の皆様にも深く感謝しながらの毎日です。

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山本 広江(旧姓 友永)様

◆佐野 由美 様

インスリン治療歴52年/発症時10歳/1型糖尿病/大阪府在住

発症したのは10歳でした。咽の渇き、体のだるさ、だんだん体重も減少し痩せてきて病院を受診しました。そこで小児糖尿病(1型糖尿病)と診断を受け入院して、毎日何回もする採血検査が苦痛で泣いてたような記憶があります。入院中も自宅でも、いつも母が支え寄り添ってくれ感謝しかありません。

これまでの51年を振り返ると、医療の進歩ペン型インスリン注射器や自己血糖測定器の登場、針もほとんど痛みを感じないぐらいになり、大きな進歩を感じます。仕事も旅行も、そして結婚・子供にも恵まれ、これからも自己管理しながら自分らしく現状維持に努め一日一日大切に生きていきたいです。今日まで、いつもお世話になってる主治医の先生や看護師さん、家族、親族、友人、支えてくれた全ての人に感謝の気持ちを伝えたいです。

◆K.H 様

インスリン治療歴64年/発症時16歳/1型糖尿病/北海道在住

(息子代筆)インスリン注射が容易になったことでQOLが向上しました。治療開始した当時は、煮沸消毒した注射器にてインスリン注入していましたが、今では針交換で済ませられるペン型に代わり、注入作業が随分と楽になりました。新しい製品・サービスによって生活が支えられていると実感しております。

◆今井 龍也 様

インスリン治療歴51年/発症時10歳/1型糖尿病/大阪府在住

発症時、主治医から1型糖尿病は不治の病であり、一生インスリン注射が必要と聞いた時は家族ともども呆然となりました。一カ月の入院期間を経て退院しましたが、自宅で一日四回の尿糖測定や厳密な栄養指導が続く中での生活が窮屈に感じられました。自分のまわりに同じ病気の人が誰もいなかったことで孤独に感じることが多く、この先病気でない方と同じように生きていけるのか、深刻に考えたことが多かったです。

サマーキャンプに参加することにより同じ病気の下で頑張っている人の存在を知り、大変励みになり孤独感はなくなりました。治療面においては尿糖から自己血糖測定に、インスリン注射から持続注入ポンプへと変化し、今では血糖測定を自動で行ってくれる器具も使用できるようになりました。発病当時と比べると雲泥の差を感じます。発病後50年という節目を元気に迎えることができ嬉しく思います。

◆Y 様

インスリン治療歴50年/発症時10歳/1型糖尿病/

入院してすぐにインスリンの投与が始まり、注射をして治るのかと思っていたら、そうではなくカロリー計算など食事制限もあり、退院してからは生活の全てが変わってしまい淋しく悲しかったです。

社会人になってから、結婚して49歳になるまで病気の事はできるだけ隠していましたが、漫画家の妹が私の体験を取り入れながら、多くの患者、家族の方々にも取材して、子供の1型糖尿病の漫画を10年かけて4作品を世に送り出してくれました。1作目をきっかけに私も病気の事をカミングアウトできるようになりました。現在も妹と社会認知を広げられるように少しずつですが活動しています。

◆大濵 憲一 様

インスリン治療歴56年/発症時23歳/1型糖尿病/福岡県在住

インスリンとイーライリリー・アンド・カンパニー

リリーは、世界で初めてインスリンを製剤化して以来、糖尿病とともに生きる人のより豊かな人生のため、様々な糖尿病治療薬の研究、開発、製造、販売を続けてきた、糖尿病領域におけるリーディングカンパニーです。

糖尿病の歴史は長く古代エジプトまで遡りますが、インスリンは今から約100年前、1921年にトロント大学のフレデリック・バンティングとチャールズ・ベストによって発見され、1922年に世界で初めて糖尿病のある人に投与されました。
この画期的な薬を世界中の糖尿病とともに生きる人たちへ届けるべく、リリーはたゆまぬ努力によって高濃度インスリン溶液製剤の大量生産を実現し、1923年に世界初のインスリン製剤を一般発売しました。

その後、インスリンは医療現場に急速に広まり、多くの糖尿病のある人の命を救うとともに、ヒトインスリン製剤やインスリンアナログ製剤へ進化しながら現在も糖尿病治療の進歩に大きく貢献しています。

50 insulin award 2023