共に乾癬と向き合い歩む、患者さんと先生の物語
【Vol.5】自分を気遣ってくれる人がいた。その思いに支えられて、先生と治療の一歩を踏み出した。
心のどこかに「治りたい」という気持ちはありながら、皮膚疾患を深刻に捉えていなかったという田中さん。働き盛りで忙しかったこともあり、つい治療より仕事を優先していた。しかし、そんな自分以上に症状を気遣ってくれる周囲の人や信頼できる先生と出会えたことで、ようやく治療への「一歩」を踏み出すことができたという。そこから「もっと良くなりたい」と積極的になった田中さんの気持ちの変化と活動の軌跡を紹介する。
治りたい気持ちはあるものの、あまり深刻に考えていなかった
田中さんが乾癬を発症したのは38歳のころ。紅斑で顔が真っ赤に、鱗屑で髪の生え際が真っ白になったが、田中さんは「ただフケが多いだけだろう」とあまり気にしていなかったという。仕事は営業職で出張や外食も多く、忙しく不規則な生活が続いていた。
大阪急性期・総合医療センターの大畑千佳先生は、いわゆる「働き世代」の中年期に乾癬を発症する人も少なくないと話す。「生活習慣だけが乾癬を発症させる原因ではありませんが、ストレスや過労、食生活の乱れなどが乾癬の症状を悪化させる要因にはなり得ると考えられます」
田中さんが症状を気にするようになったのは、爪の変形が見られたとき。仕事で名刺交換をするとき、相手に必ず「どうしたの?」と聞かれたからだ。周囲の人たちも心配し、受診を勧めてくれた。「お客さま相手の仕事だから身だしなみも大事」という言葉に背中を押され、皮膚科を受診した。
「最初の受診で尋常性乾癬と診断され、完治は難しいと言われました。さすがにショックでしたが、一方で『でも皮膚の病気でしょ』と、あまり深刻に考えていない自分もいたのです」(田中さん)
診断後も生活は変わらなかった。しかし、心のどこかに「治したい」という気持ちもあったという。そのため受診はしていたが、積極的に治療をしていたとは言えず、症状は改善しなかった。
治療の進化と自身の経験を伝えたいと患者会を設立
重症化し、当時の住居地のクリニックから他の方法を試してみては、と大学病院を紹介された田中さん。受診すると、医師からそれまでとは別の治療法を提案され、取り組むことを決めたという。そして、大学病院での治療により田中さんの症状は改善し、その身体の変化は気持ちまで大きく変化させることとなる。
「完治は難しいと言われていたのに、治療によって、病気そのものは治らなくても症状はよくなるとわかり、とても驚きました。それからは病気や治療について正しく知るために情報を集め、治療にも積極的に取り組むようになりました」(田中さん)
乾癬の治療は近年大きく進歩していると大畑先生は話す。薬の種類も、治療の方法も増え、患者さんの選択肢は広がっているという。
「治療により症状が変化することで、患者さんの気持ちや行動が変化することは少なくありません。よくなると日常生活のあらゆることに対して積極的になる人が多く、表情も全く変わる。それは医師にとってもうれしいことです」(大畑先生)
そのような中で田中さんは、大学病院の主治医から患者会を作ることを勧められる。最初は「自分はそんな器ではない」と辞退していたが、何度も主治医と話すうち、「正しい知識と適切な対応によって、乾癬の症状はよくなることを、もっと多くの人に知ってほしい」という気持ちが芽生えたという。
「乾癬という病気は完治が難しいからと、さまざまなことをあきらめている人は多い。自分もそうでした。でも、私は変わった。『あなたもきっと変われる』と伝えたいと思ったのです」(田中さん)
そして、「ふくおか乾癬友の会」を設立。乾癬を正しく知ってもらうための勉強会や会報の発行に加え、「あきらめないで」というメッセージを患者さんに伝え続けている。
大畑先生は、患者会の意義について「ネットでは得られない、患者さんの実体験を聞けること」と話す。「若い患者さんは病気や治療の情報をネットで得る人も増えています。ただ、実際にどういった悩みを抱えているか、どのような治療をしてどう変わったかなど、先輩患者さんのリアルな話を聞けることは、特にまだ通院していない患者さんにとっては有益な機会だと思います」
自分なりの「治療のゴール」を先生に伝えることが大切
治療により、症状が消失する「寛解」の状態を約10年間維持している田中さん。自ら病気や治療について調べ、医師に自分の考えをしっかり伝えてきた。
患者会でも、例えば「4カ月後に娘の結婚式があるから、顔だけでも症状を目立たないようにしたい」など、自分なりのゴールを決め、「自分の希望をはっきり先生に伝えよう」と話しているという。
一方で、「医師に遠慮してしまう気持ちも理解できる」と、自分の希望や本音を伝えられない患者さんの気持ちにも共感する。「患者は先生の前でうそをつくことがあります。『ちゃんと薬を塗っていますか?』と聞かれ、本当は2日に一度しか塗っていなくても『毎日塗っています』と言ってしまうのです。やはり、ちょっといい格好をしてしまうところがあるのでしょうね」(田中さん)
そんな患者さんに対して、大畑先生は「そういう時に、もし『仕事が忙しくて塗れない日もある』などと言っていただくことができたら、一緒に別の方法や工夫を考えることもできるかもしれません」と話す。
「働き盛りの世代は、どうしても仕事優先になるのは仕方ないこと。『生活習慣の改善を』『ストレスをためないで』と言っても、難しいことも多いでしょう。できるだけ患者さんに負担の少ない治療法を提案し、症状の改善を目指すことも医師の役割と考えています。症状がよくなれば日常生活も楽になり、ストレスも軽減する。そんなよいサイクルを目指せればいいですね」(大畑先生)
田中さんは、ご自身の経験から得た教訓として患者会では患者さんたちに食事や生活習慣などのアドバイスもしている。「私は生活習慣がよくないことを自覚していたのに改善しなかった。心身の健康によくないことは、乾癬にもよくない。そう思って生活することの大切さを伝えていきたいと思っています」(田中さん)