認知症1000万人時代。
当事者も介護者も諦めない働き方とは

超高齢社会の日本において自分が認知症当事者になることや、認知症の家族を介護しながら働く可能性は決して低くない。だが、認知症に対する現状の捉え方は、必ずしも正しいとは言えないという。

「新しい認知症の捉え方」とはどのようなものか。経営者やマネージャーは、従業員が認知症になったり、認知症の家族をサポートすることが必要になったりした際に、どう向き合うべきなのか。

製薬会社の日本イーライリリーとシンクタンクの日本総合研究所が、今年5月に共催した「認知症をめぐるビジネスケアラー・ワーキングケアラーの実情を考えるシンポジウム~共生社会の実現に向けて、企業に求められる役割と取組み~」での議論をもとに読み解く。

登壇者プロフィール
下坂厚 (認知症の人と家族の会、若年認知症当事者)
鎌田松代 (認知症の人と家族の会 代表理事)
北迫泰行(大成建設 管理本部 人事部 人財いきいき推進室 室長)
小山遊子(イトーヨーカ堂 サステナビリティ推進部 統括マネジャー)
栗田駿一郎(日本医療政策機構 シニアマネージャー)
紀伊信之(日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門 高齢社会イノベーショングループ 部長/プリンシパル)

認知症は決して他人事ではない

まずは、認知症にかかわる数字をおさらいしていこう。

そもそも認知症は誰にでも起こり得る、ごく身近な症状だ。国内の認知症とその予備軍である軽度認知障害(MCI)の人数は2022年時点で 1,000万人以上。2050年には1,200万人を超える見込みだという(注1)。

また、65歳未満で発症する「若年性認知症」の人数は3万5,000人に上っており(注2)、現役世代が当事者になる可能性も低いとは言えない状況だ。

注1:出典 国立大学法人九州大学「認知症および軽度認知障害の有病率調査並びに将来推計に関する研究報告書」(令和6年5月)
注2:出典 厚生労働省「若年性認知症実態調査結果概要」(令和2年3月)

認知症は誰にでも起こり得る「ごく身近」な症状
65歳以上の10人中約3人が認知症または軽度認知障害(MCI)

そんななか、ビジネスパーソンに最も影響が出やすいのは、介護の問題だろう。

「介護のなかでも、 特に家族への負担が大きいのが認知症の介護です」と語るのは、1000名のビジネスケアラー・ワーキングケアラーを対象とした調査を主導した、日本総合研究所の紀伊信之氏だ。

調査では、認知症の家族と同居している人のうち約3割が、介護をしている日の1日当たりの介護時間が「 ほとんど終日」と回答。これは認知症ではない症状で介護しているケースと比べ、3倍以上の長さだ。

一方でこうした認知症介護の大変さは、症状が進行した状態でのこと。認知症の段階には幅があるのだ。

認知症の当事者として、認知症の正しい理解を広める啓発活動を行う下坂厚氏は、この「幅」が理解されていないとして、「 従来の認知症のイメージは、誤解だらけです」と強調する。

「多くの方が、認知症を患ったら『一人で生活できなくなる』『会話ができなくなる』『暴力的になる』などの非常に進行した症状を、認知症のすべてと思いがちです。しかし、それは大きな間違いです」(下坂氏)。


認知症当事者の下坂厚氏

認知症当事者の下坂厚氏

当事者や家族を支えるためには、こうした「認知症の段階の幅」を周りがきちんと理解した上で、個々の当事者や家族に適した支援策を提供し、共生できる環境をととのえていくことが欠かせない。

認知症の対応はもはや個人や家族に閉じたものではなく、社会で取り組むべき課題なのだ。

シンポジウムの様子

シンポジウムの様子

認知症の「正しい理解」が職場を変える

2024年1月には「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」が施行された。雇用を含めた共生社会の実現に向けた取組の推進は、もちろん企業にも関係する。

企業が認知症の当事者や家族を支援することは、社会的責任を果たすという意味でも、介護と仕事を両立したいと考える貴重な人材をつなぎ止める意味でも欠かせない。

では、企業にはどのような対応が求められるのか。①認知症自体の正しい理解を促す ②認知症の家族を介護する社員を支援する、という二つの観点から考えていこう。

まず一つ目の観点。下坂氏は、企業の正しい理解が当事者の支援に繋がる可能性があると、自身の経験を交えて語る。

「私は6年前、もの忘れや仕事のミスが増えたことで病院を受診し、46歳にして若年性認知症と診断されました。当時は『人生終わりだ』と感じるほど絶望し、自分が役に立てるはずがないと好きだった仕事も辞めてしまいました。

ですが、自立支援のサポートの担当者から紹介を受けたことをきっかけに、介護施設で新たに仕事を始めました。そこで自分の得意不得意を周りに伝え、 自分に合った形で仕事ができれば、問題なく働けることに気づいたんです。

今では、認知症の正しい理解を広める講演活動も全国各地で行っています。『認知症=働けない』という世間の思い込みを、どんどん取っ払っていきたいですね」(下坂氏)

「認知症の人と家族の会」の鎌田氏も、認知症を画一的なイメージで捉えることの危険性を指摘する。

「認知症の症状や進行には個人差があり、グラデーションのような状態です。

「認知症の人と家族の会」の鎌田松代代表理事

「認知症の人と家族の会」の鎌田松代代表理事

もの忘れや段取りの悪さといった変化は、認知症の初期症状の可能性もありますから、同僚や家族が気づいて声をかけてあげることも重要。早めに気づければ、進行を遅らせる治療を受けたり、その人の特性に合った働き方を提案したりと、策を講じることができますから。

認知症になっても社会に参加し続ける道はたくさんありますし、それを可能にする職場環境づくりが求められているのです」(鎌田氏)

鎌田氏が指摘する認知症の 早期発見 早期対応の重要性は、さらに高まっているという。

製薬会社の日本イーライリリーで認知症領域の医薬品開発に携わる小森美華医学部長は、早期発見の重要性について次のように語った。

「アルツハイマー病の原因物質の1つとされるアミロイドβプラークが脳内に蓄積し始めてから、実際に症状が現れるまでには10年以上の長い期間があると言われています。

近年はアルツハイマー病の根本原因に作用する新しい治療薬が登場し、特に症状が現れてから早期段階での認知症を取り巻く環境が大きく変わろうとしています。早期に気づき、準備することで、認知症と付き合いながら社会で活躍できる選択肢は、確実に広がっているのです」(小森氏)

新しい認知症の捉え方
従来の認知症のイメージ: 
・介護なしには生活できない 
・会話が成立しない 
・働き続けるのは不可能
↓ 
アップデート後の認知症の理解: 
・認知症の症状にはグラデーションがある
・適切なサポートがあれば、働き続けられるケースも多々ある
・早期発見・早期治療を行えば、進行を遅らせる可能性も

あなたの周りにも「隠れケアラー」がいるかも

ここまで認知症自体の捉え方のアップデートや、早期発見の重要性といった観点を議論してきたが、ここからは二つ目の「 認知症の家族を介護する社員をどう支援するか」という観点を考えていこう。

まず語られたのは、企業の状況に応じて 仕事と介護の両立ができる個別の制度設計の重要性だ。

日本総合研究所の紀伊信之氏は、「法定の介護休業制度だけでは不十分で、企業の業種や職種、従業員の働き方に応じたカスタマイズが必要」と指摘する。

たとえば、現場作業が中心の企業では短時間勤務の選択肢をつくる、テレワークが可能な企業では在宅勤務と介護の両立支援を重視するなど、利用者の立場に立った柔軟な制度設計が必要だという。

日本総合研究所の紀伊信之氏

日本総合研究所の紀伊信之氏

従業員の仕事と介護の両立を実現させるべく、支援制度を充実させている企業の一つがイトーヨーカ堂だ。

同社では従業員が各自の状況に合わせて働き方を選べるように、介護休業、短時間勤務、介護休暇などを整備。現在、休職を含めた介護プランを約40名、介護休暇を約700名が利用しているという。

イトーヨーカ堂 サステナビリティ推進部の小山遊子氏は、制度を浸透させるための努力をこう語る。

「明確なスタート地点がある育児とは異なり、介護は徐々に始まり、かつその性質的になかなか言い出しづらいもの。だからこそ周りがその大変さに気づけず、支援の手が届かないといった課題がありました。

そこで仕事と介護の両立に関する情報提供をするポスターをバックルームに掲示したり、ハンドブックを配布したりと、地道な周知活動に力を入れています」(小山氏)

イトーヨーカ堂の小山遊子氏

イトーヨーカ堂の小山遊子氏

同じく仕事と介護の両立支援に力を入れるのが大成建設だ。人財いきいき推進室室長の北迫泰行氏は、取り組みの背景をこう説明した。

「介護に関して会社側からどんな支援を得たいかを社員から募った際、経済的な支援よりも、介護について話しやすい『 風土醸成』を求める意見が多く出たんです。

そこで気兼ねなく自分の状況を話せ、サポートを受けられる職場環境を作らなければと考え、取り組んできました」(北迫氏)

大成建設の北迫泰行氏

大成建設の北迫泰行氏

まず、社員が会社の制度や介護保険の基本的な仕組みを学べるよう、『介護のしおり』やケアマネジャーに提出できるリーフレットを配布。

また、社員だけでなく家族も参加できるオンライン形式の介護セミナーを定期的に開催。認知症をテーマにしたセミナーでは、VR機器を用いた認知症体験などユニークな取り組みも好評だという。

特定非営利活動法人日本医療政策機構の栗田駿一郎氏は、こうした活動を積み重ねる意義を語る。

「たとえば育児休業制度は、利用者が増えて組織として制度に慣れていくなかで、『今年も誰かが利用するかもしれないから、業務のバックアップ体制を整えておこう』というように、組織全体でメンバーの育休に備える意識が徐々に生まれてきます。

日本医療政策機構の栗田駿一郎氏

日本医療政策機構の栗田駿一郎氏

介護への対応も同様です。一つひとつの取り組みや精度は小さくても、その積み重ねが組織全体の適応力を高め、働きやすい環境を育んでいくのです」(栗田氏)

認知症の課題解決においては、個人の意識改革と企業の制度整備の両方が欠かせない。

まずは一人ひとりが認知症をきちんと理解し、周りの変化に気づくこと。そして企業側も、介護や症状と向き合いながら働ける、職場環境や風土を整えること。

そうした努力が、誰もが安心して働き続けられる社会をつくっていくのだ。

※このコンテンツは、日本イーライリリーのスポンサードによってNewsPicks Brand Designが制作し、NewsPicks上で2025年7月8日に公開した記事を転載しています。本コンテンツの無断転載を禁じます。

執筆:村上佳代
撮影:後藤渉
デザイン:Seisakujo inc.
編集:金井明日香